するめ本の館『父親学入門』
三田誠広、集英社文庫、¥438
(注)イタリック体の文章はすべて本文からの抜粋です。
0,この本を選んだ理由
三田誠広氏の本をはじめて読んだのは、大学生に入ってからだと記憶しています。「僕って何?」でした。なんとありがちなタイトルだろうと思って、図書館で手に取りました。作品についての説明を読んでみると、この作品で著者、三田誠広氏はなんと芥川賞を受賞しているではありませんか!せっかくだから読んでみようと思ったのが、三田誠広氏の作品との出会いです。
文体の読みやすさが気に入り、それをきっかけにちょくちょく読んでいます。「父親学入門」も三田誠広氏の作品だということで手に取りました。父親について興味がなかったといえば嘘になりますが、それよりも三田誠広氏の作品を読みたくて選択しました。
1,誰のための本か?
責任ある父親を目指す人みんなにおすすめの本です。あと、母親を目指す人にも。
2,各章のダイジェスト
[第一章]父親学序説
まず、著者が赤ん坊に対して責任を感じている文章を紹介します。赤ん坊と一緒に入浴したときのことです。
落とさないようにと、下から支えることしか考えていなかったので、水面に浮かんだ赤ん坊の身体は、私の掌から離れてしまった。その拍子に、赤ん坊の頭がザバッと湯の中に沈んだ。
あわてて湯から引き上げたのだが、赤ん坊は苦しげにむずかっている。びっくりした。生まれてからこんなに驚いたことはなかった。
(中略)
この無力なちっぽけな生き物は、私がいなければ生きていけない。この子供が生きていくためには、自分が支えになってやらないといけないのだ。
そう思うと、子供をこの世に生み出してしまったことの責任が、自分の肩にのしかかってくる気がした。
「父親には哲学が必要である」と言っています。無自覚にノーテンキに親としての責任を放棄して、平然としている親が多く、そういう親の子供はよその子をいじめたり、グレて暴力団に入って社会に迷惑を及ぼしたりするともあります。
[第二章] 父親としての第一歩
父親としての第一歩、それは子供に深い愛を与えることです。もしかして深い愛は子供が生まれると何かのきっかけで持ってしまうものなのかもしれません。著者は志賀直哉の「和解」を持ち出し、我が子に対する父の深い愛を説明しています。少々長い文章ですが、感動的なので著者が「和解」をまとめたものを引用します。
簡単に言うと、こういうことだ。志賀直哉の場合、父と子の対立は、体制側に所属する封建的な父と、文学や公害問題などに興味を持った息子との間の、感情的なズレが原因なのだが、心の底から憎み合っているわけではない。
父というものは、子がどのように反抗しようとも、大きな包容力で、子を許し、暖かいまなざしで見守っているものだ。ただ、旧い時代を生きた父は、子に対して優しい言葉をかけたりせずに、あくまでも寡黙に、時には厳しい態度で接する。そこに、感情的なズレが生じた。
志賀直哉は、自分の子供が生後まもなく、重い病にかかった時、祈るような気持ちで回復を祈ったはずだ。おそらくその瞬間の志賀直哉は、いまこの子供が助かるなら、将来その子がどんな反抗をしようと、すべて許していいというくらいの気持ちでいたのではないか。
しかし、子供は死んでしまった。その深い悲しみをかかえて、作品の主人公は実家に向かう。
対面した父と子の間に、会話らしい会話はない。しかし、赤ん坊が死んだということは父も知っている。それでもあえて、話題をそらしている。すると突然、志賀直哉の心のうちに、父に対するある理解が生じたのだ。
自分が赤ん坊に対して感じたのと同じような気持ちを、父も、赤ん坊の自分に感じたに違いない。父は子に対して、無償の愛と包容力をもっている。だが、口べたな父は、言葉にして説明することはできず、ただ涙ぐむばかりだ。
父の涙を見て、志賀直哉は、父の気持ちを感じ取った。
赤ん坊の死という出来事を契機として、子は、父を理解した。父もまた、赤ん坊を失って悲しんでいる息子の姿に接して、同じように心を痛めている。そして、子の親となった息子が、初めて、自分の気持ちを理解してくれただろうという思いを抱いている。
それらしい和解の会話はまったくないのだが、子は父を理解し、父もまた子が自分を理解してくれたことを知っている。そのことによって、父と子は、無言のうちに、長い対立の時期を乗り越えて、「和解」したのだ。
この我が子に対する深い愛が父親にあることを基本に、後の章が書いてあります。
[第三章]子供は父親の人生を変える
父親に成り立ての著者は、まだ小説家にはなっておらず、将来は小説家になることを夢見つつサラリーマンをやっていました。著者にとってサラリーマンは過渡期だったが、このような過渡期が比較的長く続くかもしれないとも思っていました。しかし、
赤ん坊と接しているうちに、私の考えは変わった。
例えば、この子供が、小学校に行く。父親の仕事は何か、と先生や友だちから質問される。そんな場合に、息子が胸を張って、「小説家」だと答えられるような、ある程度、世間に認められた作家になりたい。
それまでの著者は世間の評判など無視して、世間の評価を越えた小説を書きたいと思っていたようです。赤ん坊のことを考えて、現実的なことを考えるようになる著者の姿が書いてあります。
[第四章]転機を迎える
積年の努力が報われ、「僕って何?」で芥川賞を受賞した著者は、当初の目標通り、長男の幼稚園入学前までに作家としての仕事をスタートさせることができました。その転機のようすが書いてあります。
[第五章]父親が果たすべき責務
子供がまだ自意識をもっていない小さな頃には、父親のなすべきことがないと著者はいっています。スキンシップも母親、母乳も父親には出せないです。
現代の子育てが困難な点は、地域コミュニティーがなくなってきていることとも関係しています。加えて核家族化が進んでいます。
息子がセンター街をぶらつくようになってからでは遅い。しかし、息子はまだ幼稚園児だ。いまからなら、息子たちに正しい指針を与えることができるのではないか。
そういうふうに考え、いよいよ父親の出番ではないか、と私は思ったのだった。
[第六章]子供たちの教育を考える
はじめ著者は性善説で子供を育てようと思っていたみたいです。著者の妻が子供に厳しく当たる姿を見て更にその思いは強くなり、父と母のどちらかが攻めであれば、もう一方は守りがいいと、理屈で考えていました。しかし、妻の教育方針の効果を見て、著者は自分の考えを次第に変えていきます。
著者の教育方針は、甘い教育方針だったので、子供になめられはじめました。一方で妻が厳しく接すれば、それなりの結果を返す子供を見て、性善説が揺らぎ、ついには転向をしました。
欲望を刺激しながら、その欲望を子供自身がコントロールできるようにする。ここが大切なのだ。
甘えさせることは簡単です。全部を禁止することも簡単です。その中間ができる親が理想だと言っています。例えば、おやつをいくらでもあげるのではなく、かといって、全面禁止にするわけでもなく、決められた時間に決められただけ、節度をもって子供に与えるのが理想だと言っています。
何かと誘惑の多い世の中で、著者は子供たちの努力する喜びを教えたいと思い、子供たちに楽器を与えました。長男にはピアノ、次男にはバイオリンでした。長男は進んでピアノを練習し、楽しんでいるようでした。先生に付けているわけではないので、弾き方は我流で、それでもそのうちになんとなくメロディーのようなものを弾きはじめたと書いてあります。その後、先生に付けて正式にピアノをはじめても、やっぱり楽しそうの練習をしていたそうです。
結局、長男は小学生の頃に、将来は芸術大学の音楽科に入ると、自分で決断した。
本人の決断を、私は応援した。本人の意欲を尊重したのだ。
次男は毎日決められたことだけを規則正しくこなしていきました。子供の特徴が表れていたと著者は言っています。
こちらの息子の方には、別の目標を見つけてやる必要があると、私は思い始めていた。
著者の、子供の性質を見抜く力を感じます。
[第七章]住宅地での穏やかな生活
郊外の住宅地に住んでいた著者の環境はおちついた場所だったようです。散歩をしても知人と会ってしまうようにゆったりとした時間が流れていました。このころ著者は深い小説を書くために、孤独になりたいと思っていました。孤独な時間を過ごすために、引っ越しをしました。ここでも子供のことが気になったようです。
長男、次男ともに、すぐに友達をつくり、仲良くやっていることには安心していたようです。しかし、長男の入った公立の中学校がどうも荒れているようで、長男のマイペースな性格なら周りに流されずうまく乗り切れると著者は判断していますが、次男のことになると心配になっています。周りに流されやすい次男が公立の中学校に入って、周りに流されてしまうのをおそれています。そこから、次男と著者との中学受験奮闘記がはじまります。金儲けはいつでもできる反面、いまこの時期に次男に付き添ってやらなかったら後悔するからとの思いで、仕事をほとんど中断してまで、次男の中学受験の勉強に付き添います。
[第八章]父親についての私的考察
次男は目標の中学に合格した。
芥川賞をもらったときよりも嬉しかったと言っています。大学受験と比べて中学受験では浪人するわけにはいかないし、その結果でその後の6年間が決まってしまうので、大変だと言っています。
中学受験の効用を説いています。
文化人の中には小学生に受験勉強を強いるのは過酷であり、幼い子供は、木登りや鬼ごっこなどをして遊ぶべきだ、などという人もいる。
その子供が将来、木こりとか、カバディーの選手になるというのなら、そういう遊びも役に立つだろう。
勉強は知的ゲームであり、持続的に続けていかないと効果が出てこないので教育にいいと言っています。セルフコントロールができないと持続的な勉強はできないです。セルフコントロールは一対一でなくてはなかなか身に付かないものなので、セルフコントロールができる子供に育てるのも父親の役目ではないかといっています。
[第九章]わが父の想いで
著者の二人の子供が大学生になったときに、自分の父親としての役割を思い、これでよかったのかと自問自答しています。その答えを著者の父親に求めようとしています。
著者の父親は口べたであまり多くを語らない人のようです。
[第十章]永遠の父親像を求めて
著者が父親から学んだものは、子供を怒鳴らないということと、勤勉だったそうです。仕事一筋で趣味などない父親だったそうです。
著者は理想の父親になりたいとは思っていないそうです。
私は、私自身でしかあり得ない。しかしその範囲内で、我が息子たちにとって、よりよき父親になりたいと思う。
冗談や比喩ではなく、
「生きることの手応え」がなければ、「自殺」するしかない。
といっています。自殺というのは、文字通り自分の命を殺してしまう自殺もありますが、それ以外にも自殺の形はあるといっています。例えば、学校へも行かず街をぶらついている若者、バイクに乗って暴走している者、麻薬やシンナーにおぼれてしまっている者、これらも著者は自殺に数えています。
子供が自殺するというのは、親として、最もつらく悲しい状況ではないだろうか。
しかし、これらの自殺は突発事故で起こるものではなく、プロセスが存在するといっています。「生きることの手応え」を父親がうまく与えてやることによって、それは未然に防げるといっています。
3,独断と偏見で「見どころ」に意見します
著者が子供との接触を考えるときには、いつも自分の父親が自分にどう接していたかを考えてるのが印象的です。いいと思った部分は真似て、悪いと思った部分は反面教師としています。
著者の父親が無口だったで、あまり子供との接触がなかったことを反面教師に、著者は子供との接触を持つように心がけています。作家という職業柄できることなのかもしれませんが、全く逆に子供との接触をほとんど持たないこともできるはずです。
勤勉なところは、受け継いでいます。父親の勤勉な姿を見て育った著者は、自らも仕事に打ち込む作家になっています。
自分が父親になったときに、自らを父親として認識するところから話ははじまると思いました。
【あっき】
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