さて、前回に引き続き3年以降のお話を続けます。
妙に楽な学生生活だったような気がする。
1年の頃は単位を取りまくってたが、2,3年は
比較的穏やかな毎日だったような気がする。
サークル(ツーリングサークル)の方を月に
一回運営・参加していた程度で、日ごろは
家でしんみりとしていた。
今考えると少しもったいない時間の使い方をしていた
かもしれないが、ゆとりのある生活とも言える。
ぶち開けた話。僕は稀に見る、暇人なのである。(笑
休日と言ったら(いや年中休日と言う噂もある)、
必ず街に出かけて喫茶店で読書をするのが日課だった。
岡山でも夜の12時くらいまでやってる喫茶店が、
表町の方にあって、そこで4年の頃は卒論の
プログラムのソースコード解読をしてた。
ちょっと,なんだから喫茶店について語ってみよう。
喫茶店と言ったら、高校の時思い浮かべると「大人の店」
って感じがした。独特の雰囲気があって、「おこちゃまは
立ち入り禁止だよ。」っと暗黙の声が聞こえたもんだ。
初めのうちは、一人で喫茶店に入る。という行為に
慣れずに、ちょっとソワソワしたが、すぐに慣れた。
で、どんな本を読むかというと。
1.哲学寄り
2.数学書
3.プログラミング解説書
4.おばかな本(エッセイ本含む)
がメインである。なんか固めな本が多いなぁ。っと
思うが仕方ない。これが自分の趣味なのだから。
1.はなんと言ってもニーチェだ。(今はもう読んでないが)
現代思想の根源となった、主観的視点。実は、この前に
キュルケゴールという方がすでに主観的視点立場を確立
していたが、本格的に展開されたのはニーチェ以降のようです。
話が難しくなりそうなので簡単に。
それまではアルキメデス以来の客観的視点が哲学の根源だった
が、「そんなものは役に立たん!」っと言い放ったのが
キュルケゴール、ニーチェの立場です。「俺の立場(俺的世界観)で
見た事実のみが真実だ。」というかなり自己中(?)な立場です。
けど、彼らは説得力のある例や説明で、この立場を確立しました。
興味或る人は解説書を読んでみてくらはい。
2.数学って難しくって面白いです。
数学の難しさは半端じゃない。っと常日頃感じます。
アレは、日本語じゃありません。数学語というものを
取得しないと読めません。ただ、一端わかったら
非常に当たり前なことが書いてあります。
数学を学ぶ上で必要なもの。「根気」「疑問を持つこと」です。
それ以外に、あまりセンスは関係無いように思います。
3.「プログラム」=簡単で難しいもの。
どんな言語でも同じですが、プログラムといっても
実践でキーになるのは「分岐」「繰返し」の2つです。
とりあえず、この2つがわかれば、ソースコードを
解読することは可能だと思います。興味ある方は
VBなどのフリーでソースまで配布しているサイトが
あるので、ソフト触りながら、ソースを見たら上達も
早いと思います。
4.良く読むのは「田口ランディ」
エッセイは社会現象から精神的な話題
長編物はエロティックでサイケデリック
彼女は「インターネットの女王」と呼ばれてます。
MSNメルマガなどで文章を書いてるうちにファンが増えて
作家デビューを果たしたそうです。
あとは、社会学者の異端者「宮台真治」もよく読む。
彼も、田口ランディと同じような感覚だが、学者なので
もう少し、教育的な話題や、女子高生(?)、ダイヤルQ2
などについて社会的な見地から真面目に研究してる。
普通の人は、あまり読まない方がいいかもです。
僕も精神を犯されない程度に付き合ってます。
さて、4年以降の話をさせていただきます。
物理と数学の研究室を悩んだあげく、う〜ん
これからの時代、プログラムは知っとくべきだろう。
っと思い。思い切って寄り道しました。院で数学やれば
いいかな。焦らないで、今の自分の興味を大切にしよう
っと判断しました。物理の方は、まぁ、数学やってたら
物理の本も自分で読めるような気がしたので。
ひそかに国立の大学院を目指したりもしてたが試験3ヶ月前に
右腕の骨折手術をして一ヶ月ほど入院していた。
入院ライフは最高だった。
隣ベットの30代のおにいちゃんは、岡山市ビブレ付近の某古着屋の
店長さんで、店の内装工事を手伝ってる際に指を切って
救急車で運ばれてきた。そういえば、僕も3年の頃、一度
救急車に乗ったが、あまり乗り心地の良いものでは無かった。
運転が荒いので、自分の体の心配は他所に、病院に着くのを願った
記憶がある。
さてさて、もう一人、同じ部屋に患者さんがいて、彼は
中国人留学生で、夜中に橋の上でチャリ同士でぶつかって
喧嘩になって、鎖骨を折って入院したとか。
この二人ととても仲良くなった。
最後の夜中、電気が消えた後に、こっそり病院を抜け出して
酒を買って、飲み明かした思い出がなつかしい。
看護婦さんにみつかったけど、話のわかる看護婦さんで
「ほどほどにね。」っと言って黙ってくれてた。
結局、右手を一ヶ月ギブスしてたので、全く力が入らない。
中途半端な左利きになってしまった。
なにはともあれ、入院と同時に、院、理大に行こう。
っと決めた。それまで、焦って、他大学院入試勉強を
してたのがあほらしくなった。(正直言って、試験勉強は
大嫌いだったので。)
次回は、院時代のお話をします。
【文責:下園祐二】
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